ミーンミンミンミンミーン………
辺り一面、蝉の鳴き声

港からそう離れていない(はず)の林の中の遊歩道
そこをゾロと二人、あたしは歩いている



<蝉時雨・2(続き)>



「……っは〜。暑〜い…」

そう言っては、上を見上げる。

「…そりゃ、夏島の夏だからな」

茂った木々の間からは夏特有の強い木漏れ日が見える。
一番暑い午後二時までを避けて出てきたから、もう軽く三時を回り、四時近くだと思うが。
少しは弱くはなっているのだろうが、なかなかどうして、まだまだ暑い。

「なんでよりにもよって、夏の夏島に着いちゃうかな…」

なんてナミに聞こえたら睨まれそうなこと言ってみたり。
でもいないから、いいのだ。ここにいるのはゾロだけだから。

「全くだな。ここまで暑いとさすがに昼間鍛錬する気も失せるぜ」
「あら珍しい、ゾロがそんなこと言うなんて。でもそれだけ暑いもんね。
 この暑さの中で鍛錬なんて自殺行為よ」
「さすがに俺もそう思ったから日陰で昼寝でもしてるかと思ったんだが」
「そうだったんだ。起こしてごめんね」
「そりゃてめェが、よりにもよってクソコックと二人きりで出かけるとか言いやがるから…」

言いかけたところでゾロは、がじぃ〜… っと、その大きな、くりんとした瞳でこっちを
見ているのに気づく。

「…あたし、さっき確かにサンジ君と行く、って言ったけど。二人きり、なんて言ってないよ?」

そう言ってが、にっ、と笑った。

「何? 妬けた? んで言ってもいないはずの事まで聞こえたの?」

がそう言いながらにっこり笑い、ゾロの顔を覗き込むようにして言う。

「……知るかっ。ったく、さっきからセミもウゼェしよ」

そのからゾロは、顔をそらすように向こうを向いたけれど…その顔は赤かったのが、
彼女の瞳に映った。





「ねえ。あそこで休憩しよっか」

遊歩道の先に見えてきた東屋を指差してが言う。
東屋の前はちょうど、林が開けてて、眼下に町と、その向こうに広く、海が見えていた。
東屋の中のベンチに座ったが、水筒の蓋を開け、口をつけて中身を呷る。

「飲む? もう冷たくなくなっちゃったけど」

口飲み式の水筒で、先に自分が口を付けたのだけれども、何の臆面もなくゾロに
その水筒を差し出す

「ああ」

ゾロも躊躇することなく水筒を受け取り、二口・三口飲むとに返した。
もう一度、は一口飲んで、水筒の蓋を閉める。

「あっつーい…」

一息つけば、やっぱり出てくるのはこのセリフ。ぱたぱたと、手でわが身を扇いでみたり。
「少しはこっちのが涼しいかと思って来てみたんだけど…」
「船の上よかちっとは、マシだけどな」
「まあね…海、きれいねぇ」

そんなの毎日飽きるくらい見てるだろ、とか言われるかと思ったら。

「ああ…、そうだな」

なんて返ってきたりして。ちょっと意外。
毎日の航海で見るそれと、あまり変わらないと思えるけれど。
そりゃ直接浮かんだ船の上から見えるそれと、高台から、町の向こうに見えるそれは、
ちょっとは違うと思うけど。
違って見えるのはそればかりじゃない、たとえ甲板で二人きりでも向こうの船室のドアを
開ければ誰かいる船の上と違って、ホントの意味で貴方と二人きりだから…   なんて。
思ってちらり、とゾロの方を見てみると。

真っ直ぐ正面を向く、いつもと変わらない横顔。

でもあたしの側にある腕は、ベンチの背もたれの上、あたしの背後に伸ばされている。

まあそれはいいとして。
やっぱりカッコイイなぁ、なんて思ったり。特にその瞳が… 眼が。
その真っ直ぐな意思・何者(物)にも曲げられない信念の宿る眼。
光の入り具合によっては金色に輝いて見える程(たぶんそれも、彼が“魔獣”と恐れられた
一因になっていると思う)、色素の薄い鳶色の瞳が。
好きだなあ、なんて思う。
最初は、この瞳に、眼に、捕らえられたんだ、あたし。
…って。改めて思ったら、かあっ、と。
自分の頬が高潮してくるのがわかって、は慌ててゾロから視線を外し、そっぽを向いた。

そのとき、さあ…っ、と一陣の風が吹いて。
自分の熱を取ってくれるように、肌をなでる風に。

「ああ、でも風が吹きゃそれなりに涼しいな」
「そ、そうね…」

自分が思ったことをそのまま、ゾロに言われ… 言葉自体は、今起こった自然現象についてなのだけれど。
その直前までの自分の気持ちのままでは、何を言われても、その声だけで心臓が跳ね上がってしまう。

「うん… 気持ちいいねぇ」

ドキドキドキドキ…
うるさいほどの鼓動を鎮めるように、目を閉じて風を感じる。

うん… ちょっと、落ち着いてきたかな。

「ねえ」
「あ?」
「さっきゾロは、セミがウザいって言ってたけど、あたしは結構好きよ?」

やっとうるさかった自分の鼓動が静まると、変わって耳に聞こえてきたのは蝉の声。
この遊歩道を取り巻く林の中、遠くから、近くから… 一番近いのはこの東屋のすぐ外から?

「あぁ?」

妙なことを言うヤツだ、とでも言いたげに片眉を吊り上げて、ゾロがの方を振り向く。

「正確には鳴き止む瞬間。あんなにうるさかった音が最後、消え入るようになったかと思うと
 突然消えるでしょ? 
 その瞬間、まるでこの世の全ての音が消えたかのような、完璧な静寂に包まれる。
 一瞬だけね。その感覚が好き」

がそう言っている間にも、一番近いと思われる蝉の声は、一層大きく響いたかと思うと、
途切れがちな雰囲気になる。
ジ…ジジジ…ジジッ…ジ…
その声を、目を閉じたまま聞いている

ジ…ッ

そして、蝉が鳴き終わった、その瞬間。

「―――…………」

え、とは目を開けた。
目の前、視界は塞がれていて、一瞬何かわからなかったけれど。
唇に触れるその感触、視界を塞いでいるのは、これ以上無い位の至近距離の、目を閉じたゾロの顔。
慌てて、は再び、目を閉じる。
気がつけば、ベンチの背もたれに伸びていた腕は、いつのまにかの肩を抱いていて。
角度を変えて唇を重ねてくるゾロに、も首を伸ばして、彼を受け入れやすくした。

「………っ」

一旦離れた唇は、つかの間の息継ぎを許した後、再び重なってきて。
貪るような接吻(くちづけ)が続く中―――

「……っ、ちょっ、ゾロ…」

最初は、服の上から。
けれどその次には、カットソーの裾から潜り込んだ手が、直接、の肌に触れる。

「な、何すんのよ…」

声を上げて、震えるの喉に口づけながら。
の肩を抱いた腕で背もたれから軽く彼女の身体を浮かすと、カットソーに潜り込んだ手を、
後ろに回して片手で器用に、ブラのホックを外し、悠々と彼女の胸に触れてきた。

「や…っ、やめてよ…、こんなとこでっ」

がそう言って、自分の服の中にもぐりこんでるゾロの手を押し返す。

「やめてって…言ってるでしょ、ばかあ!」

パシーン!
辺りに小気味いい音が響き、ベンチから立ち上がったが、座ったままのゾロを見下ろしながら、
肩で息をしていた。

「……ってェな」
「あたりまえでしょ、痛いようにひっぱたいたんだもん。ったく、なにすんのよ、こんなとこで」
「ナニって…」

……普通。
自分の隣に好きな女が座ってて。
その女が、顎上げて軽く唇突き出すようにして、目閉じてたら。
それがこんな、人気のない場所に誘われてそんなことされたら。
さらにその女が、自分の片想いってだけじゃなくて、ちゃんと想いが通じ合ってる、そういう関係ならば。
こうなるのが当然だろ……?

何も悪びれる様子もなく、本気でそう思って?マークを頭に浮かべているゾロだったが。次の瞬間、

「確かに、蝉が鳴き止む瞬間ってのも悪くねェな」

こうできるんなら。
そう言ってゾロはへへ、と笑った。
その態度に、どこかがキレそうになったは、かろうじてそれを押さえ、ふーっ、とため息をつく。

……何も、イヤだって言ってるわけじゃないのよ?
ゾロにキスされるのも、抱かれるのも好き。
ゾロにそうしてもらえる、唯一の存在でありたいって、いつも思ってるけれど。
時と場合を考えてよ。
確かに今は誰もいないけど、こんなところじゃいつ、誰か来るかわからないし。
それに今はこんな、夏の夏島の昼間なのよ? メリー号のある港からここまで歩いてきたのよ?
こんな汗びっしょりの身体、ゾロに抱かせるわけにはいかないじゃない〜。

「も、いいわ。帰りましょ」
「……」
「……ゾロ?」
「……」
「お、怒った? それともそんなに痛かった?」

がゾロの足元にしゃがんで、心配そうに見上げて言う。

「ご、ごめんなさい… でもゾロも悪いんだからね」

こんなとこで、あんなことしようとするから…… でも、ここじゃ誰が来るかわからないし、
こんな汗臭い身体なんか抱かせて、嫌われたくなかったし…
そう言って下を向くに、ゾロがふう、と息を吐くと、ぽん、とその手を彼女の頭に乗せる。

「帰るか。な」

そう言ってゾロがにかっ、と笑ってくれた。

「……うん!」

は頷くと、そのゾロの隣に並ぶ。

「この埋め合わせは今夜、きっちりしてもらうからな。夜、シャワー浴びたら即、俺んとこ来い」
―――ま、俺は別にそんなのは気にしねェけどな、本当は。別に今すぐでもオッケーなんだが…

隣に来たに、ゾロがそう囁いた。ただし後半は心の中で思うだけにして(またややこしいこと
になりそうだから)。
は顔を紅く染めながら、頷いたとか。

「……ところで、お前ブラのホック、外れたままなんじゃ…?」
「え…あっ!」
「とめてやろうか?」
「いいっ、いいっ!自分でやる!」

にやりと微笑いながら伸ばしてくるゾロの腕を払いのけながら、顔を真っ赤にして二、三歩
あとずさるをゾロはやっぱりかわいいなぁ、と思った。


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