―――ん……
休みの日は、確実に普段より目覚めは遅くて。
それに急き立てられて、必要に迫られて目覚めるわけではないから、快適そのもの。
しかも目覚めのその時に……
come here.[7]
目を開けたの瞳に写ったのは、見覚えのある天井。だけどいつもと違う天井。
そう、ここは確かに自分のマンション。それには違いないが、いつも寝ている自分の私室ではなくてリビングの
方だった。
みゃあ、と聞こえた声にが起き上がる。声の方を向けば、飼い猫がこちらを見上げていた。
「おはよう、サンちゃん」
起き上がったの、素肌の胸からタオルケットが滑り落ちる。それに気付いて、慌ててタオルケットをたくし
上げた。
そんなの膝に、飼い猫が乗ってくる。
―――……ねえ、サンちゃん。私、昨夜……とうとう、
「お目覚めかい? 」
ほぼ同時。それとほぼ同時に抱き込まれる身体、耳元で囁かれる声。それと同時に耳朶に感じたのは、
そう囁いた唇の感触。
トン、と膝に乗ったばかりの猫は、絨毯に下りていった。
「おはよう。お目覚めのドリンクをお持ちしました。マドモアゼル・」
離してくれたサンジは、ハチミツレモンドリンクをテーブルに置き、胸に手を当てて恭しく一礼しながら言う。
「おはよう。ありがとう、サンジ」
真夏の夜、一晩過ごした乾いた身体にはありがたいお目覚めドリンク。運んできてくれた彼の髪の色を
思わせるこのドリンク、一口飲めば身体に染み渡るのはハチミツとレモンばかりでなく、目一杯溶け込んだ
愛情もあるのだろう。
“美味しいね” と自然と笑顔になるのは、それをが感じ取れたから。
“そりゃよかった、その笑顔見れただけでも作った甲斐があるってモンだ、幸せだ俺ァ” なんて、の髪を
撫でながら言っているサンジも共に笑顔だった。
「すぐ朝ご飯の支度するな? それ飲んで待っててねv」
にっ、と笑いながらパーティーションの奥に消えるサンジを見送ったも、下着くらいは手繰り寄せて身に
つけると、ドリンクのグラスを持って自室に戻る。
「……〜〜〜〜っ」
自室の引き戸を閉めた途端、ふっ…… と力が抜けたように、は座り込んだ。
その顔は真っ赤、である。
“……” 優しく、蕩けるような声で名前を呼ばれた。
“……サンジ” 吐息がかかるくらいの距離で見つめ合った。
“……やっとわかった。あの時ののカオ”
“なあに? それ”
“最初に俺に…… ここに居てって、言ってくれた時ののカオ”
大事な大事な宝物… それを優しく、でもしっかりと腕の中に、を抱きしめてサンジが囁いた。
“俺ァそんなに、そん位… 最初っからに愛されてたんだなぁって”
“サンジ…”
“んで俺も”
そっと、密着させていた身体を起こして、の顔が間近に覗き込めるように、その髪にそっと手を差し込んで
梳くように、撫でられるように、身体を起こしたサンジが。
“その前に初めて、俺のメシ食ってくれて見せてくれた笑顔もそうだったけど、それ以上に…… あの時のの
カオに、囚われちまってたらしい―――”
そう言って、降ってくる様なキスをくれたのは、その後押し寄せてきた嵐のような官能の、ほんの序章にしか
過ぎなくて………
「〜〜〜〜っ!!!」
思い出すだけで、もう。もう何だか、声にならない声で叫びたくなるような。
もう、愛しい人と初めて結ばれたワケでもあるまいし… とは思うものの、でも愛しい人と結ばれたのは間違い
なかった。
溢れ出る喜びと嬉しさと幸福感は、今のには止めようがない。
ふと、そんなの目に押入れが写った。
押入れに近づくと扉を開け、ついひと月程前―――改めてカレンダーを見遣って気付いただが、もうそんなに
経っていたのね、と驚いた―――に封印して仕舞ったダンボール箱を引っぱり出す。
上のガムテープを剥がして中から取り出したもの、それは。 一番上にあった、今週号のジャンプ。その中ほどを開く。
今日からほんの5日前の月曜日、実はは一度、この段ボール箱を開封していた。その日、思わず買ってしまった
ジャンプを仕舞うために。
サンジがウチにいる手前、本当は買って帰るつもりはなかったのだがどうしても。どうしても、センターカラーの扉絵・
海賊拉麺を作るサンジの笑顔が。
キッチンにいるサンジの料理中の顔、そして出来た料理をふるまってくれるときの笑顔。
好きな人が笑顔で、彼の好きなことをしている。それを見るのは、何て幸せなことなんだろう…… と実感することも
しばしばだった今日この頃、それが尾田先生の絵で久しぶりに見れたのだ。思わず買ってしまったのも無理はない。
―――最も、その4日後の昨夜にまさか、それ以上の笑顔を貰うことになろうとは…… 長い間、秘めてきた想いに
応えてもらえるとは、その時のはまだ、夢にも思わなかったことだった。
きっと、一生忘れない。この活き活きとした笑顔もいいけれど、自分のためだけにくれたあの笑顔…… きっと、は
忘れない。
丹精込めて作った料理をふるまうときの笑顔はもちろん、素敵だが。自分のためだけにくれたあの優しい笑顔をきっと、
は―――
ってやだ、もう、朝っぱらから私ったら。朝ご飯待ってるんだし、着替えなきゃ……
一通りその幸福感を噛みしめ、ダンボール箱を仕舞うとようやく、クローゼットロッカーを開いてキャミソールワンピース
を一着取り出した。
肩紐を結んで見遣った鏡の中、今選んだキャミソールワンピースはサンジがこちらの世界に来る少し前に買った
ばかりのお気に入りで。
鏡に向かってニッコリ、微笑むとは、髪を梳かし始めた。
「…あァ、何てタイミングいいんだ、今ちょうどコッチも支度終わった所だ。どうぞコチラへ」
朝の支度を終えてグラスを持って自室から出てくると、そのままにしてしまっていたソファベッドもソファに直っていて。
掛けられた布の上に、飼い猫がちょこん、と座っていた。
その向こう、リビングのテーブルに並ぶ二人分の朝食、二人の席のうちの椅子を引いてサンジが呼んでくれる。
「ええ、今行くわ」
がそう答えてそのサンジの傍に。その時、互いに目が合った顔は、どちらからともなくにこり、と微笑い。
その席にを着かせて、ではこれから朝食タイム、と思いきや。
「そのキャミソールワンピース、初めて見る。お気に入り?」
きゅっ。を座らせた後、真向かいの自分の席に着くのかと思われたサンジは、しかしそのままの位置で、
を後ろから抱きしめて囁いた。
「すげェ似合ってる。可愛い」
囁きながら、左頬にキスを。
「ありがと。その通り、お気に入りだから…… 着てもいい、着てみたいと思ったときにしか着ないの、コレ」
「今日はにとってそういう日?」
「ええ。そうよ。きっとそうなる気がするわ」
正確に言えば昨夜かな、なんて。そして昨夜に続く今日。きっと特別になる。
そう思うが振り向けば、先程以上の至近距離で目が合った。にっこり笑いあった後、どちらからともなく
唇を重ねるだけのキス。
昨日までのだったら、きっとサンジに抱きすくめられただけで真っ赤になってしまい何も言えず出来ずだった
だろうけれど。
昨夜のおかげか、こんな事もできるようになった。
用意された朝食… 時間的に言って、もう昼も兼ねたブランチの時間。
それをいつもの席で向かい合って食べること、食べたら片付け。サンジが洗い上げた食器を、が受け取って
拭いて、食器棚にしまう。
ただそれだけのこと、今までだって休みの日などはこうして食事の後に一緒にやることもあったけれど……
何だか嬉しくって楽しくって仕方ない。
そういえばブランチも、いつもより美味しかったかもしれない。いや、サンジの料理が美味しいのはいつものこと
なのだけれど。
さて今日は…… ちょっと遅くなってしまったから洗濯は明日することにして、今日は……
「っし、今だな。、ドレッシング出来たかい?」
米を茹でていた鍋から一粒取り出し、茹だり具合を確かめたサンジが、ザルにあけて水気を切りながら言う。
「ええ、バッチリよ。ハイ」
が差し出す大きめのボール、そこにはサンジに言われたとおりの分量でオリーブオイル・ワインビネガー・ライム
の搾り汁・水で戻したドライトマトのみじん切り等を合わせ、塩・胡椒で味を調えたドレッシング。
塩加減を見るのにちょっと味見したが “わ、美味しい!” と声を上げているのを聞いた時、にっ、とサンジの口元
が片方上がった。
そのドレッシングにあわせるのは、黒米を少々、一緒にして茹でたために赤く染まった白米とこれまた一緒に茹でていた
緑豆。
一緒にしたら氷水をボールの底に当てながら手早く混ぜる。
「あんま混ぜると粘り気でてくるから、注意して、な? 全体に絡む程度、こんなモンでいい」
ザッ、とボールを引き上げて、混ぜる手を止めてサンジが言った。
「これで終わり?」
「そ。意外と簡単だろ? ライスサラダ」
サンジの手つきを見ていたが顔をあげると、サンジがそう言ってにっ、と笑った。
休みの日、特に出かける用事もなく自宅で過ごすなら。
サンジ先生の料理教室、生徒は一名様限定、教室は駅前デパート内大手スーパー食料品売り場〜自宅キッチン、
材料吟味から調理・盛り付けまで丁寧に指導します、なんてね。
ブランチ終わって一息ついた後、散歩も兼ねて駅前デパートまでゆっくり歩いていき、二人で相談しながら食材を買い
込んできた。本人達はあくまで買い出し、のつもりだったらしいけれど、サンジと・その仲睦ましい様子はまるで
デートさながらだったそうで。
「で、コレは…… さっき揚げといた小エビのフリットがまた、よく合うんだな〜。コレ、バラティエでも好評だったんだぜ」
「え、ホント? うわー、嬉しい、感激だわ。バラティエのメニューがウチで食べられるなんて」
小エビは殻つきのまま、小麦粉をはたいて油で揚げたもの。
“食べてみる? 熱ィから気をつけてな” と揚げたてを一つ貰ったが、カリッと上がってて、サクサクした食感がよかった。
(けれど注意したつもりでもやっぱり、 “熱っ” と顔をしかめたに “大丈夫か!?” とサンジが慌てる場面もあったり)
まずライスサラダを器に盛って、その上に小エビのフリットを。彩とアクセントにイタリアンパセリを添えて。
あとは、せっかく揚げ油を用意したのだから、と小エビ以外にも冷蔵庫に入ってた舞茸や買って来た島らっきょうなんかも
揚げてみて。
そしてミートボールも。
ミートボール、それまでは普通に、塩・胡椒で味をつけた挽肉を練って丸めたものをトマトソースで煮込んだり、
シチューやカレーの具などにしていたけれど。
ちょっとそこに、隠し味程度の少しのハチミツとローズマリーとレモンの皮を細かく叩いたものを加えて、油で揚げる。
サンジが教えてくれたのはそれだった。
それらを盛り付けた食卓、それが今日の夕飯のテーブルになった。
「うわあ、美味しそう!」
自分もレシピを教えてもらいながら、作るのに参加していただけれど。
全部出来上がって、盛り付けられた皿や器がセッティングされた食卓は、さながら小粋なレストランみたいで。
いただきます、とフォーク片手にが食べ始める。
「ふうん… お米ってこうやって食べるのも案外美味しいのね。炊くんじゃなくて茹でてサラっと仕上げる感じ?」
「だろ。炊いた白米ってそりゃア美味いけど、サラダにもなるんだ。いつもと違う一面、発見?」
「うん。ミートボールも揚げても美味しいし… そっか、スパイスやハーブ、それなりに混ぜればソースで煮込まなくても
美味しいのねェ」
作っている最中もいろいろ聞いたり、教えてもらったり、味見などもしていたけれど…… 完成品を食べてみても。
感心・感嘆の声を上げながら美味しい美味しいと笑顔で食べる。
「……ん? どうしたのサンジ、食べないの?」
ふと見ると、真向かいのサンジが食べる手を止めて、を見ていた。
「」
「何?」
「米粒ついてる」
「えっ」
がんっ。 先程まで笑顔で夢中で食べていたが、ショックを受けたみたくなり、その後慌てて口元を拭う。
「ど、どこ? どこに?」
「ココ」
すっ。 身を伸リ出したサンジの手が、のあごを捉えて気持ち上に、自分の方を向かせる。
つ…。 そのまま近づいてきたサンジの顔、の唇から少しズレた所を啄んだ。
「〜〜〜〜…… サンジ〜、ホントにそんなトコについてたの?」
「ついてたついてた。、夢中になって食ってたからわかんなかったんだろ?」
「ホントかしら」
「ホントだって。あ、こっちにも」
つ…。 もう一回、今度は反対側を。
「サンジ〜!」
ちょっと抗議ぎみに声を荒げても。何が嬉しいのか楽しいのか、サンジは笑っていた。
「……もう」
それにつられて、ちょっとふくれ面だったの顔も、綻んでくる。
「イヤさ、やっぱイイなって思ってさ」
「何が?」
「って、本当に美味しそうに食ってくれるなって思ってさ」
「だってホントに美味しいもの。サンジの料理は、食べると笑顔になれるのよ」
「そっか?」
「そうよ」
「俺としては、その笑顔が可愛いなあ、なんてさ。思ってたら急にこっち見るからさ。ちょっとしたイタズラ心って
感じだったかな」
「何。じゃホントはやっぱりついてなかったんじゃないの?」
「え」
あっ。っと思ったときはすでにもう遅く。
「……バレた?」
「バレた、じゃないわよ、もう」
そう言うとサンジ、二人声を合わせて笑った。
遅く起きた休日、取り立てて何があったわけでもないけれど。
どこかに出かけるわけでもなく、また何か真新しいことをしたワケでもない。
休みの日に食料を買い出しに行き、帰ってきたら料理人の彼にいろいろ教えてもらいながら一緒に調理。
学生時代に一人暮らしを始めて以来ずっと自炊で来た程、元々料理は好きだったから、今日より前の休日のときだって
こうして過ごすこともあった。
つまり、取り立てて何もなかった、あるがままの休日。
けれど、その前の夜に一つだけ変わったこと。
その前の夜に、奇跡が起こった。そのまま二人で居ても、もしかしたらきっかけが掴めないまま、何も変わらなかったかも
しれなかった二人の関係は、劇的に変化した。
ただ、それだけ。
ただ、それだけで、こんなにも。
取り立てて何もなかったはずの一日が、こんなにも素晴しく、宝物のように思えてくる。
2003年8月16日。前日・前夜の15日夜と共に、にとって特別な宝物になった。
そしてそれは、きっとサンジにとっても同じだったろうことも。
<come here.7/fin.→next 8>
はい、かむひあも7話になりました! ただのいちゃラブがココまで難しいとは、夢にも思ってなかった葉月です。
故にこんなに時間がかかってしまいました……
最後は“キミ達、頼むから外では絶対やらないでね”的なバカップルで、ホントすみません。
それと実際の2003年8月16日、キャミソールワンピース着れるほど暑い夏の日ではありませんでした。
この日外出していた私は、ノースリーブで出てきたことをすっごく後悔しつつ、昼食に雑煮うどんで暖を取る程
寒い一日でした。
真夏に雑煮うどんを出す店も店だが、注文する客も客。それくらい寒い一日だったと、当時の日記にあります。
あと、ヒロインの勤める会社には夏休みないんですか、とかいうツッコミはナシですよー、6話書いてUPした後、
日付的に言っていつくらいなんだろ、と計算してみた結果、8月第2週位が妥当と思われ、ソコに設定したらたまたま、
それがお盆の時期・大抵の会社は夏休み・連休中だってことに気がついたのは、7話を半分ほど書いた後でっす。
ま、いっか。ヒロインの会社の夏休みシステム、葉月の会社と同じってコトにしとこう。
さて、次回。このcome here.シリーズの中で最も書きたかったお話、行きます。乞う、ご期待。