「ダっ…… ダメっ! これ読んじゃ……  見ちゃダメっ!」

―――ああ……
 これは完全に、私のミスだ―――



         come here.[8]



「ただいま」

今日も仕事が終わったら真っ先に帰宅。

「あァ、おかえり。

と貴方が迎えてくれるから。



「今日も疲れたぁ〜」

と言いながら玄関から上がってくるに “あァ、すぐご飯にするからな” とサンジ。

「えぇ、ありがとう」

そう答えたは、いつもならば自分の部屋に置きに行くはずのかばんを、そのままリビングに置いて
洗面所に向かった。





サンジがこの家に、のマンションのこの部屋に来てから、2ヶ月と2週間程が経っていた。
サンジ――― 週刊少年ジャンプで、絶大な人気を誇りながら今年で連載6年目になる『ONEPIECE』
の、あの『サンジ』。
2ヶ月と2週間ほど前のONEPIECEは284話、エネルの空飛ぶ方舟“マクシム”に何故か乗っていたナミを
追って乗り込んだウソップとサンジ、先にナミのところにたどり着いたウソップとナミが逃げ出すタイミングを
計る中。
やっと見つけたそのタイミング、しかし気づいたエネルに阻まれ、止めを刺されそうになったウソップを
ナミのウェイバーに蹴り上げたのは―――

『サンジ君!!』

ナミの金切り声が響く中、サンジの行為を無にすまいと、ウソップはウェイバーを出した。
そしてエネルの攻撃をただ一人、全身に受けたサンジは―――
気づいたら、このマンションの、の部屋のドアの前に座り込んでいた、というのだった。
座り込んで寄りかかったまま気を失っていたところを、に声をかけられて目を覚ましたのだった。



は、サンジが好きだ。愛している。……恋焦がれた程に。
最初は、『ONEPIECE』というマンガのいちキャラクターとして、だったはず…… 否。
四年前、正確には、三年と十ヶ月程前の秋に、『ONEPIECE』がアニメ化された日の夜。
友人宅で初めて触れた『ONEPIECE』の世界観にあっという間に魅了されたは、その帰りに
原作コミックスをまとめ買いした。
まとめ買いした十冊のコミックス、その半ば頃に登場した彼―――海上レストラン・バラティエの副料理長・
サンジ。
彼を見た途端、は短く声を上げた。―――それは、予感のようなものだったか。
当時は大学生だったから、明日もまた授業があるので適当なところで切り上げて寝るつもりだった。
けれど、結局最後まで、徹夜でコミックス十冊を一気読み。
目が離せなかった。止まらなかった。最初に魅了された世界観も、ストーリー展開も、主人公初め他の
キャラクターたちからももちろんだが、何より―――。

“……サンジ”

『ONEPIECE』一巻から十巻までを読み終えたの口から一言、深いため息と共に零れたのは
たった一言、これだけだった。
たった一晩、コミックス一読。それだけで、はサンジを好きになってしまった。
それは、マンガのいちキャラクターとしての域はとうに超えていて。
その想いは、実在の男性に対して抱くべきものである、と。
実際に学生時代、部活で活躍していた彼に、あるいは入社してまもなく付き合いだし、分かれた彼に
抱いたことがあったものと同じものである、と。
傍から見ればありえない、異様な、滑稽な恋心であっても、は本気でサンジを想っている。



そんな彼女の前に、突然現れたサンジ。
最初は信じられなかった。疑ったし、怪しんだ。けれど、彼は本当に『ONEPIECE』のサンジだと
分かって。
行く当てのない彼と一緒に暮らしはじめた。
休日はそれなりに友人と出かけたりする楽しみはあったが、平日はといえば、月曜日のジャンプと
水曜日の夜のアニメだけを楽しみに、会社と家の往復だけだった日々が一変した。
会社と家の往復だけではつまらなくて、時には友人を誘うこともあったが大抵一人でいろいろ
寄り道をしていたのも、やめた。やめて、退社時刻には仕事を終わらせてすぐに帰宅。
家に帰れば、サンジが美味しい夕食を作って待っていてくれる。
それがどんなに、にとって夢見心地で素敵なことであったか。
そして、そんな日々に訪れた転機。
ひょんなことがきっかけで、とサンジは互いの胸の内を知り―――

今では、恋人同士だった。

恋焦がれたのはほんの数ヶ月前のこと、今は手に届く場所に、サンジがいる―――。



ただでさえ絶対ありえないはずのことが現実になっただけでも嬉しいのに、今こうして一緒にいられる
だけでも嬉しいのに。
ひと月程前、夏の終わりの、ある週末前の金曜日。
互いの想いに気づいて二週間程の、ある週末前の金曜日。
その日はの誕生日だった。
今年の誕生日は特別、サンジと一緒に過ごせる特別な日。
本当は会社を休みたいけど、そういうわけにもいかなくて。
残念がる、けれどそれ以上に驚き、残念がったのはその日がの誕生日だということを
前の日の夜に知ったサンジだった。
もっと早くに知っておきたかった、そうすればあんなことやこんなことだって…… イヤ、今からでも
遅くねェよな、と。
ぶつぶつ呟いてた昨夜のサンジは何だったのかと思いつつ、朝にはいつもと変わらないサンジから
受け取った昼の弁当を持って出社したその日。
その日は帰ったら、いつもの見慣れたダイニングが小粋なリストランテに変わっていた。
リストランテのオーナーシェフからの素敵なもてなしとお祝いと、閉店後には恋人に戻った彼との
甘い夜を、は今でも忘れられない。
その後も、いつも、今でも。
家に帰ればサンジがいて、休みの日だって一緒に過ごして。
この時期、暑かった夏が終わる頃には何故かつきまとう一抹の寂しさも今年は感じることが
なかったのは、サンジがいてくれたおかげだと思う。





ずっと一緒だったから―――

……一緒にいるのが当たり前に思ってたのかも、しれない。

彼が…… サンジが、実は『ONEPIECE』というマンガのいちキャラクターであることを忘れるくらい。

否、忘れたつもりはなかった。わかっていた、覚えていた…… はず。
でも、あまりにも身近にいたから、呼べば返事をしてくれる所にいたから、手を伸ばせば握り返して
くれる所にいたから。
その距離感に、甘えていたのかもしれない。





とにかく、その日のは隙があった。
そうでなければ、リビングに通勤のかばんを置きっぱなしにするはずが、ない。

「! ダっ……」

洗面所から戻ったは、血相を変えてそう叫ぶと、サンジが手に持って食い入るように読んでいた
本を取り上げた。

「ダメっ! これ読んじゃ……  見ちゃダメっ!」

がサンジから取り上げた本――― それは今日、2004年10月4日発売の。
『ONEPIECE』30巻だった。


                                   <come here.8/fin.→next 9 comming soon.>


えー、長くなりそうなので、ここで一旦切ります。
はい、皆様お待たせしました“come here.”連載再開です。……待っててくれた方、いるのかなあ。
実は、この8と、次の9が、この“come here.”で一番書きたい話です。
イヤ、ホントは一つの話でいく予定だったんですけどね。
私、ひとつの話を長くするクセがあるの忘れてました。
続きはなるべく早く書きたいです。皆様も気になるでしょうが、何より私が気になるので!(笑)
では、また。近いうちにお目にかかりましょう!