「いってきます。サンジさん」

玄関で振り向いて、にっこり笑う彼女を見送って、扉を、鍵を閉める。
その鞄には、俺が作った弁当。
今日も一日、彼女は会社へ。



        come here.[5]



「ヨーシ、待たせたな。ホラ、飯だ」

専用エサ皿に、8分目くらいまでキャットフードを入れた器を、キッチンから離れたリビングの片隅においてやる。
俺がエサ皿を運んでるのに気がついた黒猫が、付かず離れず俺の傍を一緒についてきて、いつもの食事場所に置かれた
のが分かった途端、それを食い始めた。
その様子を見届けて、そっとキッチンへ。キッチンとリビングを隔てるパーティーションをさっと閉めて、洗い物を。

“キッチンの出入り口のパーティーション、なるべく閉めてくださいね。キッチンは危ないから行っちゃダメって言って聞かせて、
 もし入ってきてもすぐリビングに戻すようにしてるんですけど……”

そう言って、アイツを膝の上に乗せてなでながら、柔らかい笑みをうかべた彼女に作ってさしあげた朝食と弁当、
その片付けだ。
昼になったら、俺が作ったあの弁当を食べてくれる彼女を想像しながら、食器や鍋、フライパン等を洗っていく。
彼女――― 俺が、この間から世話になっているさん。





どうしてこんなことになっちまったのかは、俺自身でもさっぱりわからねェ。
スカイピアの森の向こうに、クソでけェ方舟が浮いてて、そこに何故か、ナミさんがいて………

彼女が自分で、そんなとこに行くはずがねェ。そう思った俺は、ウソップとともにその方舟に乗り込んだ。
そして……

『…あァ 「吠え顔かきやがれ」』

メリーで最初に喰らったのなんか比じゃねェくれェの雷、再びあの方舟で浴びた俺は。
最後に自称・神のカミナリ野郎にそう言って、そこで意識が途絶えた。


……そして、気がついた時には、このさんの家の玄関に寄っかかって、気ィ失ってたんだ。





今まで俺がいた世界と全く違うこの世界、当然俺に行く宛なんざねェ。そんな俺を、さんは快く迎えてくれた。
……否。

“ここに居て、サンジさん”

確かに、さんにはそう言われたが…… 俺は、自分から彼女の傍にいてェと、その時思っちまったんだ。
できたら、彼女を抱きしめられる存在になりてェと―――そう思った。その時。


思えば、不思議な女(ひと)だ。さん。
名乗る前から、俺の名を知っていて―――それどころか、俺の前の職業も今の職業も、追いかけてる夢も知っていた。
何で知っていたのかは、そういやあれから聞いてねェが……、ま、そんなの大した事じゃねェ。
そんな事よりも。


今朝はご飯と味噌汁、弁当の方はチャーハンランチにしたから、夜は…… 冷製パスタでも作ってさしあげようか。
さん、バジル好きなんだよな。そこのベランダで、ご自分で栽培してるくらいだし。じゃあバジルはそこから失敬して、
後はトマトと、フリーザーのエビ解凍してそれから……

“すごい、サンジさん。今日のも、おいしそうね。いただきます”
“んー、やっぱり思ったとおり、おいしいわ。これ、どうやって作るの? またレシピ聞いてもいい?”

そんなような事を言ってくれて、零れんばかりの笑顔を見せてくれるさんのために。
今夜も、さんがその素敵な笑顔を見せてくれるようなメニューを考える方が、今の俺には重要だ。
材料は、ある。レディの一人暮らしにしては、結構大きいかと思われるさんの冷蔵庫だけど。
一人暮らしでも料理が好きで自炊してるっていうならば、これくらいの冷蔵庫でもいいかと思う。
この冷蔵庫の中に、この間の休みのとき、近所のスーパーで一緒に買い物してきた食材がいろいろ入ってるからな。
その買出しも、何かちょっとしたデートみてェで。二人で仲良く食材選んで買い物する様、傍から見たらさんと俺、
どんな関係に見えるかと思うと、密かに頬が緩んじまうの、バレてたかなァ……



洗い物を終えてキッチンから戻ると、もうとっくに食い終わってたのかエサ皿のところに黒猫の姿がなかった。
からっぽのエサ皿を拾って、軽く洗ってしまってから、どこ行ったんだ、アイツ…… と思いながら視線を巡らすと、
キャットタワーを登ったところ、そこからキャットウォーク代わりにアイツが歩けるように片付けられた棚の上。
その端の、タオルが敷いてある場所で丸くなってた。
一度上を見た俺と視線があったけれど…… 意に介した様子もなく、再び丸くなって昼寝と決め込んだようだ。

朝メシ終わって一息ついたら、お気に入りの場所で昼寝かよ。

ふと、そういやいるよな、そういうヤツ、と頭をよぎったのは筋肉バカのマリモマン……  うげっ!
何でよりによってアホマリモ!? どうせならナミさんとかロビンちゃんとかにしようぜ、どうせならよ。
でもナミさんやロビンちゃんは、アホマリモと違ってそんなだらしねェ生活送ってねェもんな……


くっ、と微笑った俺はでもまあ、アイツがそこにいるなら大丈夫だな、とベランダに出て一服。
ここは結構高い、なんてったって10階だからな。ま、柵はついてる、無茶しなきゃ俺やさんならまず落ちはしねェけど……
一部下に隙間が開いてる、下手すっとアイツだったらそこから顔出したら落ちちまうかもしれねェ。
いくら猫でもこの高さじゃまずダメだろ。だから煙草吸うのにベランダ出るときは、アイツが来ないかどうか、気をつけるように
している。
俺も猫は嫌いじゃねェし(むしろ好きだし)、ましてやアイツはさんの大事な猫だ、何かあるわけにはいかねェ。

さんは煙草は吸わない。
だから部屋ににおいが篭らないように、煙草はベランダでか、キッチンで換気扇回しながら吸うことにしている。
最初にさんは、ベランダなんかじゃなくて、リビングで吸っていいって言ってくれたけれど……
結構、においがつくんだよな。煙草。
せっかくさんがきれいに使ってる部屋だ、壁だって自分の家具か、低い位置はダンボールなんかで覆って、アイツが直接
引っかいたりしないようにしてるし、爪とぎだって一箇所じゃなくて何箇所か用意してるし。カーペットだって暇さえあったらアイツ
の抜け毛の掃除してるし、トイレだって始末早めにしてるしな… 消臭剤も使ってなるべくにおわないようにしてくれてるし。
そんな中で俺だけ煙草のにおい撒き散らすのも考え物だろ。
まあ禁煙も考えたんだがたぶん、ガキの頃から吸ってる俺は実行不可、幸いにもDEATHと似た感じの煙草見つかったから、
吸わせてもらってるんだけどな。

…………

しばらく俺は、ベランダで、暑くなってきた夏の日差しに今夜の冷製パスタにあわせるのは冷たいスープ、ガスパチョなんかが
いいかなァ、とか、あわせる主菜はシンプルに鶏肉をローズマリーとレモンで風味付けして焼いたヤツがいいな、とか。
さん、こうして考えるとイタリアン好きだよな、あァ、それなら俺も得意分野の料理だ、もっともっと存分に喜ばせて
さしあげられる、とか。
思い巡らしながら煙草を吸い終わっても、吹いてくる風を浴びていた。






「……よしっ」

さんが帰ってくるのは夜7時過ぎ。あと30分くらいだ。
ガスパチョと、冷製パスタ用のマリネとパスタは冷蔵庫に、鶏肉はあとは焼くだけにして。
ビーンズサラダはこのまま置いておけば丁度、食べる頃にはドレッシングが馴染んで美味しくなるはずだ。
今日は暑くなり始めた夏の日にはぴったりのメニュー、さんもきっと喜んでくれるはず……


そう思いながら、キッチンから戻ると“みゃあ”と鳴いてアイツが擦り寄ってきた。

「お、何だどうした?」

そう言いながら抱え上げてやってソファへ。
アイツを抱えたままソファに座ったものの、アイツは俺の腕から前脚を突っ張るように乗り出し、そのまま零れ落ちるように
ソファの肘掛に着地。
何だ、抱かれるのはお気に召さねェか? さんの時は降ろされるまでおとなしいクセに。
最も、アイツはオスだ、抱かれるならやっぱりレディの方がいいってわけか。
肘掛に飛び降りたアイツは、そのままソファの上に下りて、俺のそばで丸まった。
そういやさっき、キッチンで料理してたら、ときどきトスン、とかパタパタとか、リビングで音がしてたから。
遊び疲れてるのかもしれねェな。

って、ソコ、このソファをベッドに直す夜にゃ、俺の頭が来るトコなんだが……
さんはすっぽり、このソファが隠れるようなクソでけェ布をかけてくれている。もちろん、寝るのに使わせて
もらっているタオルケットや枕代わりのクッションも、この布の下だ。だから、全く問題ねェ。
“ごめんなさいサンジさん、夜ちょっとめんどくさいかもしれないですけど……” とさんは遠慮がちだったけれど。
もちろん、そんなさんのお心遣いを俺が嬉しくないワケはねェ。こうしてもらえる方が、昼間、ソファとして遠慮なく
俺もアイツも使えるし。

そっ、と触ったらピクン、と反応したけれどそのまま、特に逃げたり嫌がったりもしなかったので、アイツを撫でた。





“…はい、できたv んー、サンちゃんキレイになったねぇ、オトコ前上がったよー”

週末の休みの日、土曜か日曜のどっちかでさんはアイツを、いつものブラッシングに加えて濡れタオルで全身丁寧に
拭いてやる。
そして爪もチェック。伸びてるな、と思ったときは切ってやったり。耳掃除だって欠かさない。
にこにこと笑顔で、名前を呼んだり話しかけたりしながら、丁寧にさんはアイツの手入れをしている。

普段からそういう風にさんにやってもらってるせいか、アイツはやけに毛並みがいい。
触り心地もいいしな。
アイツも、気持ちよさそうにさんに任せているし…

そして。

“お疲れさま、さん”

手入れを終えて、スキンシップも充分。放してやったアイツが好きなところへ遊びに行くのを見守っているさんに、
お茶を淹れて持っていくと。

“ありがとう、サンジさん”

そう言って振り返ってくれる。
俺が淹れたアイスティーを美味しそうに飲んでくれる。

“ねえ、サンジさん” そうして、それまでアイツに向けられていた微笑みがこちらを向いてくれる。
アイツの名を呼んで、アイツに話しかけていた声が、唇が、俺の名を呼んで、話しかけてくれるんだ……




『ただいまー』

アイツを撫でながらそんなことを考えていたら。
玄関が開く音がして、聞こえた声は、今か今かと待ち望んでいた声。
さんが帰ってきた、 とぱあっと、自分でもわかるくらい気持ちが明るくなったその時。
今まで、俺に撫でられて大人しく目を閉じていたアイツがばっと立ち上がってソファを飛び降り、リビングを出て行く。
向かった先は勿論……

「オマエも、さんに夢中かよ……」

その後姿をそう呟いて苦笑しながら見送った俺は、その次にはソファから立ち上がる。

「おかえり、さん」

俺にできる、最大限の笑顔と共にリビングにさん―――貴女を迎える。

「ただいま。サンジさん」

昼間、きっとお疲れのはずなのだけれど。必ず貴女は、笑顔でそう言ってくれるんだ。
そんな貴女に、早くお食事を、と急いで俺は仕上げにかかる。
先に貴女は鞄を置いてきて、付かず離れずまとわりつくアイツをあやして、そしてエサをやって。
その間に俺は食卓を整えて…… っと。

「手伝うわ」

そうこうしてると、さんがひょい、と姿を現した。

「お疲れでしょう。こちらは大丈夫ですから、座っててください」

と俺は遠慮するけれど。

「ええ。だから早く食べたいの。もうお腹ペコペコよ〜」

とおどける貴女。通勤用スーツから自宅用ワンピースに着替えて、堅さが抜けた貴女にそんなカオ見せられたら。

「じゃあ、お言葉に甘えて。コレ、出来たんで運んでください。気をつけて」

皿に盛ったパスタとサラダ、二皿ずつを乗せたトレーを、さんに渡す。……伸ばしそうになった手は、ぐっと堪えて。
変わりにさんにトレーを渡したとき、俺から受け取ってトレーを持つ貴女の手を支える、そういう名目でぎゅっと、
貴女の手を外側から握って。

「あ、はい…」

かあっ、と赤くなった貴女のカオに、少しは脈アリと、見ていいのかい? 俺は。





「…今日も、いつもと同じくらいの時間で帰れると思うわ。いってきます」
「あァ。お帰りの頃には今日もとびきりの、美味い飯作って待ってるから。いってらっしゃい」

朝。会社に行く貴女を見送る俺。
と、その足元に。
みゃう、と鳴き声上げて滑り込む影。

「あらあら」

途端に、さんは優しい顔になり、その場にしゃがむと。

「今日もお留守番、頼んだからね。ちゃんといいコにしてるのよ。なるべく早く帰ってくるからね〜。じゃ、いってくるね」

アイツを撫でながら、さんは優しい声でそう言って、もう一回俺にいってきます、と頭を下げると会社に行った。


「よォ」

足元のアイツに手を伸ばして。

「オマエはいいよな、さんに無条件に愛されて」

伸ばした手で、さんがさっき撫でたのと同じところを撫でながら、アイツに言った。
アイツは―――少しの間、俺に撫でられた後、身体をよじるようにして俺の手から逃れてとっとと先にリビングに戻りだした。
っ、思わず見送る形でアイツを見ると、廊下の途中でアイツが一旦こっちを振り向いて俺を見て―――そしてリビングへ。

“サンちゃん… 男の人には絶対になつかないのに……”“うちに来る女の子の友達には愛想いいんだけど、宅配便や
 集金の人にも、男の人には威嚇するから。男の人なのにあんなになついたの、貴方が初めてですよ”

アイツと初対面のとき、さんに言われたことだ。確かにその後、いつだったか新聞の集金が来たときに、さんが
応対してるとき、俺はアイツとリビングにいたけれど、そのとき俺は飛び出していきそうなアイツを押さえてたんだし。
ま、確かにあれだけ、さんによくしてもらって愛されてて… で、アイツもさんに夢中みてェだからな。
もし俺がアイツだったら… 確かに、さんに不埒に近づく野郎の存在なんざ許せねェ。
…… ん? 待てよ? んじゃア俺は? 俺はいいのか? 近づくどころか一緒に暮らしちゃってるんだが。
そりゃあまァ、まだ気持ち確かめたワケじゃねェから、何もしてねェけど、よ…… でも、いつかきっと、想いが通じた
その時には…… って思わねェこともねェが。
ま、それはおいといて。俺は一応、アイツに認められてるってことなのか?



今日もさんは俺の作った(目一杯の愛情が篭った)スペシャルランチ弁当を持って会社へ。
俺はアイツと、一人と一頭、気ままに過ごす。アイツはアイツなりに、一人遊びや昼寝をしたり、俺は俺でディナーの
仕込みを。
時間だけはたっぷりある、スープを作るならチキンストックからコトコトと。アクを取りながらコトコトコトコト、弱火で
煮込みつつ、旨味をじっくり、引き出すこった。そうしながら想いかすめるのは、さんのこと。
俺の料理で美味しいと、愛しい笑顔を零してくれたら、最高だね。それ以上の至福はねェ。
そしてときたま、アイツと遊んで。
同じ想いを共有してるだろうアイツと共に、さんを想う。

ふとした瞬間にメリーのことを、ナミさんやロビンちゃん、オマケどものことを思い出すことも、今みんながどうしてるかを
思うこともあるが。
戻れるのか焦ってたこともあった、俺だけココでこんなことしてていいのか、自称神の雷野郎もどうなったのか、なんて
思うこともあった。
けど、戻り方もわからねェ。戻れるのかすらもわからねェ。それに、戻っちまったらもう二度と、さんに会えねェんじゃ
ねェのか?
そりゃ戻れるに越したこたァねェけど。この世界じゃオールブルーは探せねェ、それだけで戻る理由は充分なハズだ、
俺にとっては。でも、今は… さん、貴女のいない世界には戻りたくねェ。そう思っちまってるのも事実。

いつか戻る日がくるかもしれねェが。そのときまでは、この今の暮らしも悪くねェ…… どころか、かなり気に入ってる。
さん…… 貴女と過ごせる、この日々が。


                                             <come here.5/fin.→next



……何ですかコレは、マンションでの猫の飼い方説明話ですか?
けれど葉月、今まで猫を飼ったことがありません。「室内での猫の飼い方」について本屋で2・3冊程の本を読み、
ネットでも調べながら書きました。が、実際に猫を飼われている方にしてみればおかしな点、矛盾点なども
あるかもしれません。
実際飼ってみなきゃ、本の通りにはいかないこともあるかと思います。が、その辺は平にご容赦を……
で、今回昼間さんが会社に行ってる時、Wサンジ(本人と飼ってる黒猫)がどう過ごしてるか、ってことで。
で、前回はさんの一人称だったので、今度はサンジの一人称で。
なので、昼間一人で過ごしてる様子はもちろん、せっかく一人称で語り倒すので、んでは心の内、
さんをどう思ってるのか全て白状してもらいましょう、と思ったら……
結果、このとおりでしたvvv

ということで、まだしばらく続きます。せっかく両想いだってのに、サンジとさん、何もしてないどうにも
なってないですからねェ。
早いトコ胸の内明かしましょうよ、ねえ(笑)