「じゃあ、。おとなしく寝てろよ」
言われなくとも。起き上がれません、この身体じゃ。
診察を終えたチョッパーがそう言って、器具を片すのを横目で見ながら、はそう思った。
Apple Scandal
は〜あ…。
何度目かのため息をついて、が天井を見つめる。
自分のベッドで、仰向きに寝た体勢。寝返りを打とうとしたら、くらあ〜…と、寝ているにもかかわらず、眩暈を
感じたため、寝返りを打つのも諦めて、仰向けに寝ている。
“作家さん? 何か顔赤いわよ?”
“あらホント…、大丈夫?”
昨夜の夕飯の後、女部屋でロビンとナミがそうに声をかけた。
“え?”
それまで、自分のベッドに座ってナミの本棚から借りた本を一心に読んでいたは、その二人の声に
初めて本から顔を上げた。
“あ…”
その途端、くらあ、と視界が揺れた。それが始めの自覚症状。
そういえば喉も痛い気がした。
確かにね…本読んでる時、時々フッ、と意識飛びそうになったけど。横になろうかな〜、とは思っていた
けど、まだもうちょっと読みたかったから、読んでたんだよね。
それから咳も出始めたんだっけ。ナミさんもロビンさんも、昨夜うるさくなかったかな…。
朝食には何とか、起きていったけれど、少ししか食べれなかった。
いつも朝からしっかり食べるがそんなだったから、心配したチョッパーが自分の朝食もそこそこに
切り上げて彼女の診察を始めた。
それと…。
“ちゃん、いいから。…食べれなかったら無理して食べなくていいんだぜ?”
食事の席に着いたら、“いただきます”とはっきりした声で言ってから、嬉しそうに食べ始めるだったが。
確かに今朝も、“いただきます”といつものように言ったけれども。
でもいつものように食が進まなくて、とりあえずスープとパンは少し食べたけれども、あとはどうしようかと…
オムレツを少し切って口に運んでみたものの。
いつもと同じ、ふわっとした食感のオムレツは、少し薄めの塩加減とふんわり香るバターの香り。
薄めの塩加減は、添えられたトマトソースをつけるとちょうどいい。
なのに…
“チョッパー。ちゃん、ちょっと具合悪ィみてェだ。食い終わったら、診てやってくれ”
“ええっ!? あ、そういえば、ほとんど食べてないな!? 顔も真っ赤だぞ、大丈夫か!?”
そういや顔赤いし…ちょっと失礼、と の額に手を当ててサンジが、そう言った。
チョッパーもの方を振り返り、彼女の様子を見て、おれ、もう食ったからいいよ。ごちそうさま、
と最後のベーコンを口に入れて飲み込んでそう言うと、の手を引いて女部屋へ行った。
本当は。
確かに、熱もあったと思う。チョッパーに渡された体温計で熱を測ったら38.5℃だった。
でも、それだけじゃない。
貴方の手が、私の額に触れたから。
それまで、キッチンで仕事をしていたサンジが、の傍に来る直前、手を洗っていた。
だから、額に触れた手は、ひんやりと冷たかった。
その冷たさは気持ちよかったのだけれど。
でもその手の下で、は、ただでさえ高かったと思う自分の体温が、一気に上昇したのを感じた。
「サンジさん…」
一言、はサンジ名を呟くと、ずるずるとかけてあった上掛けを引っ張り上げ、暗くなったベッドの
中で目を閉じた。
「……」
こんな晴れた日には、例え朝食後の後片付けでさえも嬉しくなってつい、顔も綻び、時には鼻歌も出て
しまうはずなのに。
今、サンジは黙ったまま、黙々と皿を洗っている。
そう。
“いただきます”
はっきりとそう言って、スプーンやフォーク、あるいは箸を取り上げて、美味しそうに食べてくれる彼女。
“サンジさんの料理って、ホントに何でも美味しくって…私、食べるの大好きなんです”
そう言ってにこっ、と笑った彼女。
“今までいろんな土地のいろんな人の料理食べてきましたけど…サンジさんの料理程、美味しいものは
食べたことなかったです”
この船に乗るまでも旅暮らしだったは、自分の目で見た世界中のいろんなことを自分の言葉で
書き留めて、本にして、世界中の人に読んでもらうのが夢だという。
その夢のために旅をしながら、世界各地のいろいろな“美味しい物”を食べてきた(これは趣味らしい)
彼女が、今現在、行き着いたのが、サンジの料理だった。
“美味しいだけじゃありません…サンジさんの料理食べてると、こう、身体も心も温かくなって……
とても幸せな気分になれて、嬉しいんです。……幸せな味がするな、って思うんです”
そうサンジに言い、こくっ、とミルクティーを飲みながら魅力的な笑顔で微笑む少女。
“そう言っていただけるのが、何より光栄ですよ。本当に嬉しい。さ、このクッキーもどうぞ、お姫さま”
缶から作り置きのクッキーを数枚取り出して、のミルクティーの傍に置いて、にっこり笑って
サンジが言った。
その言葉通りに、とても美味しそうに、嬉しそうに食べてくれる彼女の笑顔が見たくて、サンジは
料理の腕を振るった。
まだ彼女がこのゴーイングメリー号に乗って、一週間しかたっていなかった頃のこと。
なのでお互いまだちょっと、特には言葉遣いが緊張してて、丁寧語や謙譲語だったけれど。
―――…。
それまでも、一流料理人のサンジは、何人もの人に、自分の料理を美味しい、と言ってもらったことは
あった。
それはそれで、嬉しい。
けれど、自分の料理を食べて嬉しいとか幸せになるとか…そんなことを言われたのは、初めてだった。
―――貴女が、その言葉どおり、俺の料理を美味しそうに、嬉しそうに食べてくれるのを見る、
その俺はきっと、その時の貴女よりもずっと幸せなのを、貴女は知らないんだろうな……
俺の料理が幸せな味がするとしたら…… 、それは、貴女を幸せにしたいっていう、
俺の想いがこもってるからなんだ…
この時程、自分の料理をやってきたキャリアを、一流と自他共に認める腕を嬉しく思うことはない。
惚れた女を、自分の得意なことで、幸せにできる。笑顔にさせられる。
そのことがどれだけ、サンジ自身をも幸福にするか。
“やっぱり、サンジさんの料理は美味しいよ。ありがとう。んー、幸せだなぁ、私v”
“いーえ、どういたしまして。食後のお茶は?いかがですか”
“もちろん。いただきます”
あれから半年。言葉遣いもくだけてきて、表情も仕草も言葉遣いも、より自然なものになってきた。
それに、食事のとき以外でも、何かとラウンジにいて、本を読んだり原稿を書いたり、ときには料理をしている
サンジの様子を見ていたり。
“少し、休憩しないかい? 喉渇いたろ?”
そう声をかけて、彼女に紅茶を差し出す時。
“嬉しいv ちょうど飲みたかったの”
書いている原稿から顔をあげ、にっこり笑ってくれる顔を見る時。
に、ますます愛しさを募らせるサンジだった。
でも、今朝見たの食は、全然進んでなくて。
“いただきます”の声も、いつものような元気がなかったのが、気になった。
見ていると食が進んでいないばかりか、ときどき咳までして。でもスープは飲んでいて、咳はスープが
むせたのかとも見えたけれど、赤い顔でどことなくしんどそうなに、ちょっと差し出がましいかと
思いつつも額に触れたら、熱があったのがわかった。
―――どうしてるだろう、今頃…もう苦しくないかい?
洗い上げた食器を拭いてしまってから、サンジはシンクによりかかって、煙草に火をつける。
と、その時。
「サンジ君」
ラウンジのドアが開いて、入ってきたのはナミ、そしてロビン。
「私たち、今日ここにいてもいいかしら? 部屋にいるとがゆっくり休めないかなって思って
甲板にいたんだけど、眩しいし暑いしね。日焼けもごめんだし」
「どうぞどうぞv 小麦色のナミさんやロビンちゃんも捨てがたいけど、それで綺麗なお肌が
荒れちゃったら元も子もないからな。アイスティーでいい?」
言いながらもう、準備に取り掛かっている。
「どうぞ」
ナミとロビン、二人の前にアイスティーを並べて。
「ありがと」
二人揃って、礼を言う。
そしてナミは紙の束とペンを、ロビンは本を広げる。
「何、ナミさん?」
サンジが、そのナミの手元を覗いて。
「ああ… この前寄った島とその前の島、今のより一つ前の航海の海図の写しよ。
が起きたら、資料として欲しがると思って」
「ちゃんが…」
ナミの手元を覗いていたサンジが呟くように言って顔を上げる。
「心配?」
ナミが顔を上げてこっちを見る。
「えっ」
「そう顔に書いてあるわね。サンジ君」
「ホント」
「ロビンも、読んでいた本から顔を上げて言った。
「それと、作家さんから伝言よ。料理人さん」
そんなサンジに、ロビンがからの言葉を伝えた。
「《朝ご飯、全部食べられなくて。残しちゃって、ごめんなさい》ですって」
そう言ってにっこり笑った。見ればナミも、同じように笑っていた。
<FIN.→2>
※別窓で出ています、お戻りはブラウザを閉じてください。