「買ってきちゃった」

が持っていた紙袋から覗いていたのは、レモン。
しかも、一つ二つではない、袋一杯、レモンだった。



          <11.レモン>



「おかえり、v」

ちょっと出かけてくるね、とメリー号を降りたが戻ってきた。
外から聞こえた物音に、ラウンジにいたサンジが外に出て、甲板に上がってきたばかりの
の傍へ。

「ただいま、サンジ」

自分に向かってくる彼ににこっ、とが微笑む。

「買い物だったんだな、お出かけは。何買ってきたんだい、プリンセス?」

サンジがそう言って、の手から、そう大きくはない紙袋、口がしまってないそれを
受け取りながら覗くと。

「レモン…?」
「買ってきちゃった」

が持っていた紙袋から覗いていたのは、レモン。
しかも、一つ二つではない、袋一杯、レモンだった。





「しかし何でまたレモンなんか?」
「んー… 実は、昨日。買出しに行ったでしょ? 
 そのとき、果物屋の前通ったときから、気になってたの」
「レモンが?」

ガサ、とラウンジのテーブルの上にサンジが置いた袋から、がレモンを一個取り出し、
シンクに一番近いところの席に腰掛ける。

「うん。ね、サンジ、包丁貸してくれる? 食べるから」
「え、食べるって… まさか、くし切りにしてそのまま?」
「うん」
「いや、くし切りくらいしてやるけど… 、すっぱいの苦手じゃなかったか?」

シンクに寄りかかったまま、サンジがと、彼女の手の中のレモンを見比べながら言う。

「うん… だから変ねぇ、とは思ってるわ、自分でも。サンジもそう思う? 
 でも何だか、ここのとこさっぱりしたものが食べたくてね。
 昨日レモン見たとき、これだ!って思っちゃったのよ。
 でもいくら何でもレモンをそのまま生で食べたいなんて、すっぱいの苦手な私が何で、
 て思って。そりゃレモンは嫌いじゃないけど」

揚げ物になどの料理にかけたり、タレの隠し味に使ったり。お菓子やお茶に入れたり。
そういう風味付けという形ならば、レモンを好むを知っているから、サンジもそういう
形でレモンを使ったものを(及び他のクルー)に出してくる。
しかし根本的には、酸味が苦手な
シュウマイや餃子のタレにもレモンを使うのは、酢だと酸味が強すぎるせい。
そんな自分が何故、レモンをそのまま?
そんな自分を彼女自身も持て余しているのか、は手の中のレモンを
握ったり手の平で転がしたりしていた。

「でも今日になっても食べたい、って思いは消えてなくって結局買いに行っちゃったの。
 昨日の買出しで買った分は、今後の航海を見越してサンジが計画的に買ったものだし、
 それを自分勝手に食べたいなんてわがままよねって思って…… って、聞いてる?
 サンジ」

一方、そのの話を聞いているサンジは、だんだんと。
俯いていくその顔は何か思案してるような、神妙な顔つきで。
しばらくそのまま、何か考えつつが話すのを聞いていたが、ポケットから煙草を
取り出すと一本、抜き取り口に銜えて火をつけた。

「……なあ、
「何?」

顔を上げたサンジが、神妙な面持ちでを見てくる。

「今から話すコト、真面目に聞いて答えてくれよ」
「? う、うん…」

急にそんな事を言い出すサンジに、よくわからないけど、とりあえずが頷く。

「俺ら、何の不自由もなく、相思相愛で付き合ってるよな」
「! う、うん…」

え、何、急に… と思いつつも頷く

「ああ、そうだ。俺はを愛していて、も俺を愛してくれて… 
 だから当然、夜だって毎晩、互いに求め合って―――」

本当はまだ言葉は続く予定だったが、ふと気付くとが、かああ、と紅くなってきていて。
それに気付いて、とりあえず自分の言わんとしたことが通じた、と解釈したサンジが咳払いを
して、次の話に移る。

「……それで、だ、…… 単刀直入に聞くが、許してくれ」
                      
そう言ったサンジは、でも、言いにくそうに躊躇しているようで。
から視線を外し、口に銜えた煙草を上下させたり、落ち着きがなく。
しかし“何?”とが促すと、意を決したのか正面を、を見つめた。

、さ。…… 最後に生理来たの、いつだっけ?」
「え……」









「―――あの後さ、サンジ傑作だったね」

くすくすと、聞こえるかわいらしい笑い声を背に受けながらコトコトと、煮込むは目の前の鍋。

「イヤ、だってさぁ……」





“チョッパー! 診てくれ! 大至急!!”

その日、レモンを大量に買ってきたに一時間ほど遅れてメリー号に戻ってきたばかりの
チョッパーの両肩をがしっと捕まえて、サンジが叫んだ。
そのあまりの剣幕にチョッパーは怯えたようにびくびくと、でもどんな一大事かと覚悟しながら
サンジに抱えられてラウンジに連れてこられた。
しかしラウンジにいたは、平然と椅子に座ったまま “おかえり、チョッパー” と笑ってるし……





「妊婦はすっぱいもの・レモンを食べたがる、なんてベタすぎよ」

レモンを食べたがる、というか。
確かに、つわりなどで悪心がすれば、さっぱりしたものを食べたくなったりはするだろう。
また、ある特定のものが異様に食べたくなる、ということもあるらしい。
それはレモンに限らず、他のさまざまな食べ物、その人その人によって違うというが……
いずれにせよ、チョッパーの診断によるとは妊娠などしておらず、生理はただ単に遅れて
いるだけなのでは、とのこと。
それを聞かされ自覚した途端、あ、と小さく声を上げたは席を外し。
“……来ちゃった” と戻ってきた後、サンジに小さく笑いかけた。



そして余ったのは、大量に買ってしまったレモン。
もし、が本当に妊娠していて味覚が変わっていたらそのまま食べたかもしれないけれど、
そうでなかったはやっぱり、すっぱいものは苦手で。
コトコトコトコト、下処理の後たっぷりのグラニュー糖をまぶして置いておいたレモンの実と皮を
サンジは煮ていた。

「いや、そうかもしんねェけどさ。でもマジであの時は焦ったぜ」

鍋の中が段々煮詰まり、トロッとしてきた。
木ベラでかき混ぜる手に感じる重みで、いつ火を止めたらよいのか、タイミングを計る。

「……そんなに、焦ったの?」
「ああ。
 だって妊娠なんて、レディにとっちゃ一大事だろ? 身体も、心も。
 ましてやそのレディがだってのに…… それなのに気付いてやれねェで、
 いつもどおりに過ごしちまってて。
 前の日だって買出しに一緒に連れ出して散々歩かせて、重いものこそは持たせてねェけど、
 軽くてかさばるものとか、やっぱり荷物持たせちまったし。それに夜だって…… な。
 もしかしたらすげェ無理させて負担かけてたんじゃねェか、って」

クツクツクツクツ。
トロトロに煮詰まってきたレモンマーマレードが、優しい音と共に完成に向かう。
ふんわりと甘い、爽やかな香りがラウンジに広がった。

のことはちゃんと見てたつもりなのに、そんなことにも気付いてやれなくて気遣って
 やれなくて。それに自身も生理遅れてるのきっとわかってるだろうし、だとしたら一人で
 不安だったんじゃねェかって。
 何よりも、誰よりも。気にかけて大事にして傍にいたのに、何やってたんだ俺ァ、てさ」

そうに告げたところで、サンジが火を止める。

「……仕方ないんじゃない、それは」

そんなサンジに、がそう声をかけた。

「マーマレード、できた?」

そう言って、が隣に来る。
ひょい、と彼女が覗いた鍋の中には、日の光を受け艶やかに、輝くレモンのマーマレード。

「美味しそう… 味見していい?」

そうが言うと、サンジは、熱いから気をつけてな? とスプーンにすくったマーマレードを
渡してくれた。
早速それを口に含む。
とろりとした食感のマーマレードが、上品な甘さと爽快な香りを残しての中に溶けて
いった。薄く小さく切られて柔らかく煮込まれた皮が残していった苦味ですら、惜しく感じる程。

「美味しいね。こんな美味しいマーマレード、食べたことないよ」 

そう言って、がにこっと笑う。

「っていうか、愛しい。サンジの気持ちが詰まってるからかな?
 愛おしい程、美味しいマーマレードね」
……」
「何だかちょっと食べたかっただけなのに、袋一杯買ってきてちょっと困ってたけど。
 よかったわ、美味しいマーマレードになって。
 今、作ってるときにこの間の妊娠騒動の話してたでしょ? そしたらね、マーマレード
 煮詰めてる音がすごく優しい音に聞こえたの。ふんわりと甘い香りもしてきてね。
 それが、サンジの気持ちなんじゃないかな、って思えたの」

そう言うの言葉を聞きながら、煮沸消毒をして乾かしていたガラス瓶にマーマレードを
移していたサンジが “そのとおりだ” と言いかけたとき。

「……よかった」

不意に、また先にが口を開いた。

「……何が?」
「この間、もしかしたら私が妊娠したかもしれなかったとき。焦ったって、サンジ言ったでしょ?
 それ、本当は子供なんか要らないのに面倒なことになった、とかしくじった、とかいうことじゃ
 なくて」
「当たり前さ。それだけは断じてねェよ。むしろそれは嬉しいことだろ。俺との子だぜ? 
 もうめでてェ以外何でもねェだろ。俺との愛の結晶、その子はちゃんと祝福されて生まれて
 くるんだからな」

マーマレードを瓶に全て移し終わり、蓋を固く閉めたサンジが振り向くと。
が頬を染めて頷いていた。

「それどころか本当にサンジらしいなって、私ってホントに愛されてて大事にされてんだなって。
 でも今回は仕方なかったんじゃない? だって私、結局妊娠してなかったんだし。
 だったら気付きようも、そういう気の遣い方もしようがないでしょ? 
 まあ、生理が遅れてたのは事実だけど、それで私自身も、もしかして…… とは思ってたけれど。
 確信なかったから言わなかっただけで。
 でもそうかもしれない、って事を知ったときのサンジの反応はそれだもの。
 サンジはそんな人だから、私、無理なんか全然感じたことないし、負担に思ったこともないわ」
……」
「あっ、でも一つだけ」
「?」
「夜は、ちょっと手加減してほしいかな。たまにはゆっくり、寝かせてくれるとあの時みたいな
 生理不順もなくなるかも」

そう言ったらサンジはぎゅ、とを抱きしめて。
まずは額に。次は目元に。その次はこめかみに。そして頬にも。

「そいつは出来ねェ相談だ…… って言いてェところだが。
 愛しいの健康と美貌のためだ、なるべく善処するよう、努力します」

次々とキスの雨を降らせながらそう言うと。
最後に二人、顔を見合わせにっこり笑い、サンジと

どちらからともなく唇を合わせた。






「ふふっv」


完全に煮沸消毒した瓶に、熱いうちに詰めて蓋をしたマーマレードは、そのまま半年近く保存が
きく。
あの日のレモン・マーマレードはもちろん、みんなにも大好評で朝食におやつに、あっという間に、
なくなってしまった。
今、の手にある分を残して。

片手にすっぽり包めるくらいの小さな瓶に、別に詰めてもらったあの日のレモン・マーマレード。

、また見てるのか?」
「うん。だって、こんなに綺麗な色なんだもの」

ベッドに腰掛けて、窓からの光に瓶を透かすはゴキゲンで、それを見つけたサンジも、
少し笑いながら、まんざら悪い気はしないようで。
恋人の髪の色と同じ色をしたそれは、のお気に入りとのことで、今もベッドサイドの
テーブルの上にある。


                                                   <fin.>


……何か、あの…ちょっと微妙なお話・デリケートな題材をこんな風に書いてすいません(脱兎)