―――――っ!

          ガバッ!

          自分の部屋のベッドで、は勢いよく飛び起きた。
          カーテンの隙間から差し込む、僅かな月明かりだけの暗い、真夜中のゴーイングメリー号、女部屋。
          どきどきする胸を押さえつつも、見渡せばナミもロビンも、それぞれ自分のベッドですやすやと眠っていて。
          穏やかな、平和な夜だった。



              <10.嬉し涙> 



          「………」

          女部屋から出てきて、そうっと甲板に通ずる扉を開ければ。
          綺麗な三日月の、波静かな穏やかな夜。
          外に出てみて、数歩歩いて振り返れば、ラウンジとキッチン。
          
          さすがにこんな時間では、明かりも消えているそこの扉をそっと開けて、その中には入っていった。
          真夜中のラウンジ。
          数時間前、昨晩の喧騒がウソのように――― 

          “わー、こらルフィ、よくも俺の肉を……”
          “んだよウソップ。残してるってことはいらねーんだろ?”
          “残してんじゃねーって、お前じゃあるまいしそんなに早く食えるか! とっていいのはコッチのシイタケだって
           言っただろうが!”
          “コラ長っ鼻、コレ幸いとルフィにキライなもん押しつけんじゃねェ。それはそうと肉、もうねェからな” 
          “ええっ、そんな!”

          ……どこかの島が近いわけでも、天候がものすごく荒れたりしたわけでもない。
          ましてや敵襲があったわけでもない。
          至極平穏な一日、にぎやかな食事風景。食後の団欒、順番に風呂に入り、見張り当番以外は就寝してる
          だろう真夜中。
          明かりの消えたラウンジとキッチンスペースは、食後の大量の食器もきちんと片付けられ、テーブルも綺麗に
          拭かれている。

          ……敵襲があったのは、10日程前だった。
          それで怪我を負い、ラウンジのロフトに敷かれたマットレスの上に、治療を受けながらサンジが寝かされて
          いたのは5日前まで。
          今は普通に起きて今までどおり食事の支度をこなし、片付けをこなし…… 普通に生活している。
          が、その服の下の包帯は、まだとれていないことをは知っていた。
          そしてサンジが怪我をしたのは、敵が仕掛けた爆薬の爆発からを庇ったためだった……

          今までの、誰が怪我したり、病気になったときよりも懸命に、はサンジを看た。
          怪我人や病人が出たとき、チョッパーの補佐役として患者の面倒を看るのは、看護師としてこの船に乗り込んで
          いるには当然の責務だけれど、今回のサンジの怪我は自分を庇ったもの。
          だから・というその責任感もあるのかもれないけれど、それ以上に。
          今夜、寝る前にサンジの包帯を換えたのもだった。

          それさえ除けば、今日は至って平穏な航海。
          誰も寝込んでなくて。
          皆それぞれ、好きなことをしてて。
          わいわい騒ぎながらの食事もおやつも、団欒も。


          いいなァ…… 


          平和で平穏な日…… 綺麗に整理整頓された真夜中のキッチンは、その象徴のようにも思えた。
          先程飛び起きた夢―――あの怪我で、結局助からなかったサンジの身体が、冷たくなっていく夢―――
          それは本当に、単なる夢であることをは、今実感していた。


          せっかく来ちゃったし、目覚めちゃったし。
          紅茶でも淹れようかな―――


          そう思ったが、湯を沸かし、紅茶の棚からどれを飲もうか、リーフの缶を選んでいると―――


          「こんのクソゴム! あんだけ晩メシ食ったくせに盗み食いかァ!!」


          バタン!!!とドアが勢いよく開き、怒鳴り声が響く。


          「きゃっ! ごめんなさいっ!」
          「いい加減にしやが……って、ちゃん!?」
          「ご、ごめんなさい…… 夜中に目、覚めちゃって眠れなくって…… なんとなくラウンジ来ちゃったから、
           お茶でも飲んでから寝ようかと思って……」

          もう夜中だし、ここ明かり消えてたからサンジさんも寝ちゃっただろうし… でもお茶くらいなら自分でも
          淹れられるし。お茶淹れるくらいならキッチンいじっても、サンジさん怒んないかな、って思ったんだけど…

          「いや、こっちこそ…… てっきりルフィが食いモン漁りに来たのかと思って。ゴメンな、ちゃ、」


          びっくりして、しゃがみこんでしまったに手を差し伸べて立たせようとして。
          ぎょっとして、サンジが息を詰まらせる。


          「ちゃん!?」
          「?」
          「わ、悪ィ、その…… そりゃビビらせたの俺だけど。別にちゃん脅かそうと思ったわけでも……
           もちろん怒ってなんか全然ねェから」
          「? え…… サンジさん?」
          「だから…… 泣き止んで、もらえませんか。プリンセス・


          そう言って、サンジは立たせたの頬を伝う涙を拭って、微笑んだ。 


          あ、私……、

          「あ、これは…… 違うんです。別にサンジさんのせいじゃ…… ううん、違うわ。やっぱりサンジさんの
           せいかも……」
          「ちゃん……!?」


          何かワケわかんないって顔、してるなサンジさん。そりゃそうよね……

          「さっき怒鳴り込んできたサンジさん見て、その声聞いて… ああ、ちゃんといつもの、元気なサンジさんだっ
           て。まだ傷の消毒と包帯は欠かせないけど、サンジさん、ちゃんと元気で生きてるって…… そう思ったの。
           そしたら嬉しくて嬉しくて… 自分でも気付いてなかった、嬉し涙ってヤツね」


          残りの涙を拭って、そう言ってにっこり微笑う


          「ちゃん……」


          そう言うとサンジは、少し驚いたように目を見開いて。そっと、の手を取ると、自分の左胸に導いた。


          「サンジさ…」
          「聞いて、ちゃん」


          驚いて、手を引っ込めようとした。けどそれをサンジは許さず、続けた。


          「わかる? ちゃんと動いてるだろ。俺の心臓」
          「あ……」
          「今、目の前にいる可愛い、白衣の天使のおかげで。天使が一生懸命、看病してくれたから。
           もう俺は何ともねェよ。おかげさまで、ちゃんと毎日を、元気に生きてる。な?」


          それには頷いた。


          「俺を、感じて。ちゃん」


          指先……手の平に感じる、確かな、サンジの鼓動。規則正しく刻まれる、生命の音。
          確かに、今、サンジは元気に、ここに生きている。
          この、規則正……?


          「サンジさん?」


          最初に触れたときは規則正しかったサンジの鼓動が、何だか、妙に早くなってきている……?
          ぱっ、と見上げたサンジは心なしか、少し紅くなっていて。


          「……しまった。調子にのりすぎたな、俺」
          「え?」
          「そりゃそうだ、いくらラブコックの俺でも、ちゃんとコクってからさせてるんならともかく、そうじゃねェのに、
           好きなコにこんな風に触られっぱなしじゃ心拍数上がっちまって仕方ねェ」


          ぱっ、との手を放すと、サンジは改めて、に向き直る。


          「もうこの胸の高鳴りでバレちまってると思うけど。だから変な飾り文句はとっぱらって、ストレートに言わせて
           もらう、俺の気持ち」


          そう言ってから改めて、間を置いて。


          「……好きだ。ちゃん。ずっと前から」


          …………
          サンジにそう告げられた途端。
          の瞳から、またポロッと大粒の雫が零れ落ちる。


          「ちゃん!?」
          「あ… ごめんなさい。ダメね……」


          再び涙を零し、謝るにサンジの心臓が跳ね上がる。


          「今夜は、嬉しいことが多すぎて……」


          さっき一度泣いてしまったから。まだ涙腺緩みっぱなしなのね。
          こんな、泣き顔のままでごめんなさい。とても嬉しいのに……
          そう言って、まだ泣き顔のままだったけれど、精一杯微笑む


          「そんな風に、情の深いところとか。ちゃんはそうだから、何事にも一生懸命で、一途で。
           その可愛らしい笑顔でよく笑ってくれる…… と同時に、よく泣いてるだろ。
           悲しくて泣いてるのなら、その原因をとっぱらって、慰めて癒してあげてェし、嬉しくて泣いてるなら
           胸貸して、抱きしめてあげてェし…… いずれにしろ、これからちゃんの涙を拭うのは俺って
           ことで、OK? 」
          「……v」


          それに頷いたを、サンジは手を伸ばしてそっと抱き寄せて、その涙を拭う。


          「ありがとう。私、泣き虫だからきっと、しょっちゅう世話になるわ」


          だから。私から離れないでね。
          そう言ってが、背伸びをしてサンジの頬に口付けた。


          「ああ。勿論だ。プリンセスの仰せのままに」


          ところでちゃん、紅茶が飲みたかったんだっけ?
          やかんの沸騰する音に、サンジがそう言う。


          ……嫌な悪夢にうなされて、飛び起きた後眠れなくなったのが、今夜の発端だったけれど。
          ……夜中の盗み食いに来る不届きな輩を捕まえるのに、明かり消して密かに見張ってたのが、今夜の発端
          だったけれど。
          こんな結末が待っていたとは……
          
          二人で、仲良く並んで真夜中のティータイム。
          穏やかに幸せな気分に、互いに微笑んで。
          もう、涙は零れない……?


          「すっごく…… 嬉しい。幸せ…… 今まで飲んだ紅茶のなかで、一番美味しい……」
          「ああっ、ちゃん!?」

          そこにはさっそく、の涙を拭うサンジの姿があったり、なかったり。


                                                                  <fin.>


          葉月も結構、感極まってすぐ泣く性質です。他に、映画見てホロリ、ドラマ見てジワリ。
          ONEPIECE読んでるときなど、もうボロボロ泣いてばっかです。そして声上げて笑いまくり。
          泣き笑い、笑い泣きのマンガ。
          ONEPIECE読んでるときの葉月の姿は、人前にお見せできません(笑)