――はぁ…

          ベッドの中で、が何度目かの息をついた。

          ――寒い。 眠れない…

          もぞ、とまた動いて、毛布を引っ張り上げる。
          それでも今、航海しているこの海域は… “偉大なる航路”
          例え昨日まではぽかぽか陽気だったとしても、今日はだんだん寒くなり、夜になったら
          真冬のように、なんてのも有り得る。
          例え天気は、昨日も今日も快晴だったとしても。




              <Touch me,when I cold.>





          ――ホント寒いなァ…

          風呂から上がった後、昨日までのパジャマは止めて、冬用の厚手のものを着て。
          一回ラウンジに立ち寄ってからすぐに部屋に戻り、毛布だって二枚貰って重ねて
          ベッドに入ったのに。
          それでも寝付けずにいたら風呂で貰ったはずの熱はすっかり冷めて、毛布の中でも
          なんとなく、肌寒さを感じていた。

          ……ホントは。
          寒いのは、気温のせいだけじゃない。

          が寝ているこのベッド、女が一人で寝るには広すぎる。
          そう、本当は二人で寝るダブルベッドなのだ。
          自分が寝ているところから思い切り横に手を伸ばしてみても、手がシーツの上を泳ぐだけ。
          ベッドの端に辿り着くこともはみ出すこともなくシーツと毛布の間をさまよう手を、伸ばした
          先の冷たさに慌てて引っ込めた。

          やはり一人では、広すぎる。
          あたしが眠れないのは… 寒いのもあるけれど、それだけじゃない。
          むしろ、そっちがホントの原因。

          でも、大丈夫。あともう少し。もう少しだから……

          大丈夫。







          ――チャッ……
          僅かな音がして、出入り口の扉が開いた。

          「サンジ」

          その音に、がそっと身を起こす。
          カチ。
          ポウ… と、柔らかな光がベッドサイドを照らした。

          「……」
          「……サンジ?」

          部屋に入ったところ、入り口付近でこちらを見たまま動かない彼に、が小首を
          かしげる。

          「あ、いや… 悪ィ、。見惚れてた」

          小さな窓からの僅かな月の光しかない、夜の船室。
          その中でベッドから身を起こしたの姿。
          暗い船室から、彼女とその周辺だけを、境界を曖昧に浮かび上がらせる、神秘的な姿。
          黙って澄ましていれば、それは神々しいのかもしれない。
          けれど光の中のは、優しく可愛らしい微笑み。それはずっと待ち望んでいた人が
          ようやく来てくれたからなのだけれど…
          続いて小首をかしげる仕草などは、まるでこの世のものとは思えない程――
          天使か妖精か、と
          思える程。

          ……いや、違う。俺にとっては、天使や妖精なんかよりもずっと―――

          「…あぁ、だなー、て思って」
          「? なぁに、それ」

          くすっ、と笑うの傍に来たサンジは、途中、椅子の背に掛けられたのショールを
          とって来る。

          「ほら。寒いだろ?」

          コトッ、とマグカップをベッドサイドのテーブルに置くと持ってきたショールをの肩に掛けた。

          「ありがとう」

          にこっ、と笑う
          それを見て、サンジはそっと、毛布をめくり、と同じベッドに入る。

          ――“灯貝”か。ウソップもいいモンくれたよな。つか空島の連中、よくコレと輪ゴムなんか
          取り替えたな…

          ちらり、とベッドサイドのテーブルの上に置いてある、ウソップがベッドサイド用に、と小さめの
          貝で作ってくれた灯貝スタンドに目をやり、けれど直ぐに反対側、を見遣り。
          こっちにおいで、と彼女を抱き寄せれば、彼女はサンジの方にもショールを広げ、二人一緒に
          包まった。

          「あったかーい、サンジ」
          「ああ。今風呂から出たばかりだからな」

          ベッドの中でぴったり寄り添い、の髪を撫でながら、サンジが答える。
          そのまま肩まで撫で下ろすと、その肩をしっかり抱き寄せた。
          するとは、ふふっと笑ってサンジに寄りかかる。

          「あ、でも…」

          不意には、表情を曇らせた。

          「そっち、シーツ冷たい?」

          ごめんね? 先に寝てたのに、あっためてあげられなくて。
          先程、サンジが来る前に手を伸ばした先のシーツ…今、サンジがいるところのシーツが、
          あまりにも冷たくて手を引っ込めたことを、は思い出した。

          「…そんな事。が気にする事じゃねェんだよ」

          ――急にカオが沈んだから何かと思えば。
           そんな些細な事も気に掛けてくれる、優しい俺のプリンセスは…

          「がいてくれるだけで、俺には充分あったけェし。むしろそんな事されて、
           この可愛い身体が冷えちまう方が心配だな」

          サンジがそう言って、抱いたの肩を撫でながら、持ってきたマグカップを彼女に持たせる。

          「ただでさえ、冷え性なんだからさ」
          「……うん。そんなあたしを、あっためてくれるのはサンジだけだもの…」     

          こくっ、とは、マグカップの中身を飲む。
          温かい、優しい甘い香りが、口の中に広がった。



          “わ、ちゃんの手、冷てェんだな”

          がゴーイングメリー号に乗り込んで間もなくの頃。
          今日のように寒い海域を航海中のその日のおやつを、彼女の元に運び、お菓子の皿と
          ミルクティーを並べているときに、偶然彼女の手に触れてしまったサンジが言った。

          “あ、ごめんなさい、あたし冷え性で… 特に今日みたいに寒い日は…”
          “いや、謝ることじゃねェって。でもこんなにかわいい手が凍えるのは、忍びねェな”

          サンジはそう言うと、の隣に座り、その手を包み込むように握る。

          “こんなに凍えてると、何かと大変だろ? しばらくこうしてていい?”

          そう言って握りこんだの手をさすったり揉んだりと、マッサージしながら、ときには
          じっと握りこんで温めたり。

          “サンジさん…”
          そうしてもらえるのは、嬉しいけれど。これじゃあサンジさんの手の方が冷えてしまうし… 
          それに他の用事だってあって忙しいのに、こんなことまでしてもらうわけにはいかないわ…

          ややうつむき加減でそう言うの顔が、いつにも増して可愛らしくサンジの目に映ったのは、
          その頬が傍目にもわかるくらい、段々と赤みを増してきたせいだろうか。

          “いや、そんなこと。それよりも少しでも、ちゃんのかわいい手が温まってくれりゃあ、
           それに越したこたァねェ”

          ニッ、と笑ってサンジは、そう答える間にもの手のマッサージをやめようとはしない。
          が、その時。
          “サンジ君ー”と遠くからナミが呼ぶ声が聞こえた。
          “は〜い、今行きま〜す”とつい、条件反射的に答えたものの… 

          “いいわ、ナミさんの所に行ってきて? もう手も大丈夫だから”

          答えてから、しまった、とサンジ。
          今はちゃんの手をあっためてる最中だから… 
          いくらナミさんがお呼びでも、放り出していくわけにはいかねェしな、と困り顔のサンジに、
          はにこっと微笑んでそう言った。

          “でも…”
          “ううん、あたしなら大丈夫。続きはこうやって温めるから”

          はすっ、サンジの手から自分の手を抜くと、ミルクティーの入ったカップを、取っ手ではなく
          直に包み込んだ。

          “ね”



          あの時のカップに入っていたのも。
          今のこのマグカップの中に入ってる、キャラメルの香りのするミルクティーだった。
          そしてその日から、冷え性のの手をマッサージして暖めるのはサンジの役目に。
          でもクルーの食事やおやつの、準備から後片付けまでが仕事のサンジは、そうそう時間が
          とれなくて。
          そんなときはが好きだと言った、キャラメル風味のミルクティーを煎れてやり、彼女は
          そのカップで手を温めた。
          ……けれどやがて、キャラメルミルクティーで手を温めるを、包み込むように。
          その身体全体を包み込んで、サンジが彼女を温めるようになるのに。
          そして寒い海域を抜けた後ももちろん、傍にいて。常に一緒にいるようになって。
          その頃にはお互いの呼び名から敬称が取れるようになった。
          そこまでの時間は、そうそうかからなかった。



          「……これでようやく、眠れそう…」

          とサンジ、二人並んで、ベッドに入って。
          他愛ないおしゃべりをしながら、一杯のキャラメルミルクティーを分け合って。
          はい、と持っていたマグカップをサンジにも差し出しす。
          中身を一口、飲んだサンジがマグカップをに返す。

          「そうだよな。先に寝てていいって言ったのに、は」
          「でも、サンジもあたしが、まだ起きてると思ったから持ってきてくれたんでしょう」

          これを。 そう言いながらマグカップの中身、最後の一口を飲む。

          「ああ―――」

          俺のかわいいお姫様は――夜も寝つきが悪いくらい冷え性で。
          でも、温かいキャラメルミルクティーが大好きだから、な。

          サンジはそう言って、空になったマグカップをの手から取ると、手を伸ばしてベッドサイドの
          テーブルに置く。
          そうして、その手をの頬に添えると、身体ごと彼女の方を向き―――接吻(くちづけ)た。
          最初は触れるだけ、すぐ離れて間近で見つめ合う顔は、どちらからともなく微笑み。
          次は、深く深く。
          今、彼がそうしているように―――
          全身で、包み込むように。優しい、やさしい―――温かい接吻。

          「―――それ以上にね」

          そのキャラメルミルクティーを煎れてくれる… 優しい王子様が、好きなの。

          唇が離れたがそう囁いて、サンジの胸に顔を埋めてきた。

          「…」

          そのを愛しそうに腕の中に閉じ込めて。ぐっ、と体重をかければ二人、ベッドの中。
          落ち着いて見てみれば、愛しいお姫様は、こちらに身体を預けたまま、口元に柔らかい
          笑みを浮かべて目を閉じている。
          そんな彼女を、少しの間見遣っていたサンジだけれど、当然のように身を屈めようとして―――
          あともう少しで唇が触れる、そんな時。

          「何か、ね…」

          が呟くように言った。

          「何か、ね。ちょっと前まで、あたし… サンジに触れられるだけで、ものすごくドキドキしてたの。
           本当にどうにかなっちゃいそうな感じで。手のマッサージだって、それだけでもうダメって、ね」

          ――ああ。そうだな。手はまだ冷たいのに頬は真っ赤なが、普段にも増して本当に
           クソ可愛いかった…

          目を閉じて、うっとりするような表情で言うに、サンジもぼんやりとそう思う。

          「でも今はね… 違うの」

          「あの頃は… そんなだったから、こうして一緒のベッドで寝るなんて、考えられなかったの。
           絶対ドキドキしすぎて、眠れないまま朝になっちゃうっ、て。でも今はね…
           あいかわらず、ドキドキはするけど。でも前と違うの」

          がそう言って、そっと目を開ける。
          そしてこちらを向いているサンジに縋るように、寄り添うように身を寄せて。

          「変な表現かもしれないけど… もっと落ち着いた感じで、ドキドキしてるの。
           こうしてると、ものすごく安心する…」

          …眠れないほど寒い夜でも。サンジが、あたしの… 特効薬ね…

          そう言ったから間もなく聞こえたのは、彼女の寝息。

          ――ったく…
           “今は違う”て言われた時にゃァ、何事かと思ったけどな。
   
          「そんな風に安心しきって眠られたんじゃァ、何にもできねェな…」

          まあ別に――……今夜だけが、一緒に過ごす夜じゃねェからな。

          せめてこれだけ。
          寝入ったばかりの姫の安らかな眠りを妨げないのも、王子の役目。
          そのこめかみに、そっとキスを贈って。

          「おやすみ、

          その後、しばらくの寝顔を見守ったサンジが、そっと締めつけない程度に
          抱きしめて眠る体勢に入る頃。
          丁度、灯貝の灯りも消えた。



                                                            <fin.>




        117(いいな)ゴロ番HIT、ラム様に捧げますv
        “寒くて寝つきが悪い私を、サンジ君の愛で眠らせてほしい”そんなシチュエーションのご注文を
        いただきました。
        いかがでしょう… こんな感じで、眠れますかね〜?(ちなみに葉月だったら、このヒロインの域に
        達するのにどれくらいかかることやら…)
        とりあえず、愛はあります。そして甘さ倍増です。きっと。
        こんな感じでよろしければ、どうぞ貰ってやってくださいまし。
        ゴロ番HIT&ご注文、ありがとうございました。
        こんな私ではありますが、これからも宜しくお願いします。末永く仲良くしてやってくださいね。